折原文庫

「冬の明け空 – EP」のこと
2019.11.02

「夕景の魔法」から実に8年ぶりの新作「冬の明け空 – EP」が、2019年11月1日に発売になった。かなり緊急リリースになったわけだが、そのきっかけは故郷の南房総が台風15号から続く天災被害に見舞われた事にある。

南房総市は2006年に近隣の7町村が合併して誕生した市なので、厳密に言えば、オレの故郷は今は無き安房郡丸山町という、観光資源の少ない農業中心の町である。オレの実家も農家で、米作りと、小学生ぐらいまでは乳牛も飼っていた。一時はキノコを作ったりもしていたが、今は弟が継いで、主に花を作っている。

今までの一連のスノーモービルズ作品に登場する田舎の風景は、この丸山町と、母の実家である隣町の和田町白渚での幼少期の体験をベースとし、それに日本各地に共通する風景的表現を加えて書かれている。

台風15号から数日後に、オレは壊れたビニールハウスの修復を手伝うため実家に戻った。バスから見た景色は、報道や想像していたのと違って、全く被害など感じさせない「いつも通り」のものだったが、電気、水道、通信というライフラインが止まった実家に戻って、近所や親戚で被害状況を聞いたり、車であちこちを見て回ると、見た目の派手さはないものの、そこに住む人々の将来の生活に大きな打撃を与える確かに災害であって、ここは被災地なんだということが感じられた。

オレは大学を卒業してスノーモービルズでデビューするまでの数年間は公務員をやっていた。内実を少しでも経験しているだけに、今回の県や市のグダグダな対応には人一倍腹が立つ事が多かった。いっそ「こうなったら出馬するか!?」という考えまでよぎったが、よく知った反面教師がいるし、そんな甲斐性もないので、すぐやめた。

差し当たってオレに出来た事は、人手もままならない小規模農家の実家で、やり慣れない農作業をコツコツこなす事だったわけだが、その後、東京に戻って他に何かないかと思った時、今回のリリースを考えた。

今やオレにとって音楽はライフワークであって、生業ではないから、そんなに寄付したいならそっちで稼いだお金でやれば良いわけで、それにスノモーの収益がびっくりするような額になるはずがない事は歴史が証明している。すでに大勢の人徳のある方々が、有難いことに既にクラウドファンディングやネットワークを駆使して南房総への義援金支援活動をしてくださっているし、そもそも実家が大変なわけだから、そんなヒマがあったら農作業を手伝った方がいい、だいたい「夕景の魔法」に続くリリースがまたしても復興支援って、一体どんなバンドなんだよ?などなど、正直、色々な迷いがあったのだが、最終的には、オレにとって重要なのは、腐っても音楽家であり続けるために「なせるをなす」という事だけだった。音楽家であればこそ、オレは復興支援をしてくださる人に、楽曲でお返しする事ができる。

「風note」の中に「ばかばやし」という作品があるが、これは生まれ育った丸山町宮下の秋祭りを題材にしている。この祭りは地元民にとってはとても楽しみなもので、昔に比べ過疎化が進んで山車が出せない集落が増えてはいるが、子供達の記憶に残るものとして将来に遺したい伝統の一つと言える。

実家がある集落の山車を格納する屋台小屋は、台風15号で全壊し、山車そのものも修理が必要な状態になった。毎年10月上旬に行われる祭りには、当然今年は不参加。来年以降、参加するためには、早く屋台小屋を新築し、山車を修復しなければならないのだが、新築には保険では足りず、補助金も現時点では不透明、地域の各家庭がそれぞれの生業復旧にお金が必要な中で、流石にこの件を優先にはしにくい、という話を聞いていたし、先述の通り、市の対応には納得できない事が多かったので、支援先はこれに決めた。

スノーモービルズは「風note」に続くアルバムを作ろうと、ずっとああでもないこうでもないを延々やって、気付いたら十数年間が経っていた。半分くらいの曲はレコーディングも終わっていて、数曲の再レコーディング+αでアルバム完成という状態が、ここ何年かの事。実は元々「夕景の魔法」もこのアルバム1曲として作られていたものだ。

遠藤さんに連絡して相談すると、二つ返事でやろうという事になり、アルバムはまた延びるが、キーとなる4曲をリリースをする事になった。忙しい中にも関わらず、マイクロスターの佐藤さんもひと肌脱いでくださる事になり、「夕景の魔法」と同じ布陣でこの緊急プロジェクトが始動した。

決まった4曲に、遠藤さんは新しいシーケンスを加え、オレは詩を書き直し、佐藤さんがそれを新しい視点で魔法のように再構築してできあがったのが、このEPだ。

スノモーのニューアルバムでテーマにしていたのはリズム、特にグルーブで、それぞれの楽器が自由に躍動しながら曲を前に進めていく、簡単に言えばザ・バンドのような構造を持ったアレンジを発展させたもので、それは今までにないスノーモービルズの形として、このEPでも上手く表現できたと思う。

このEPはオレが今までスノモーで一度も使った事がない「愛」という言葉で始まる。「花に風」の歌詞は今回書いたのではなく、震災後に書いたものだ。4曲の歌詞は春夏秋冬の順に並んでいるが、南房総を想起させるのは、実は4曲目だけなので、聞く人の多くには、共通した懐かしさを覚えてもらえるのではないだろうか。

できればこのEPを、スノーモービルズを知っていた人にも、知らなかった人にも、一人でも多くの人に聞いてもらえたらなと思います。そしてオレの生まれ育った南房総に少しでも多くの支援が出来ればと思いますので、どうかご協力のほど、よろしくお願い致します。

http://www.mentalsketch.com/snow/wd/

折原 信明